フィクションです

死体蹴り

 

彼氏が突然、夢に出てきた女の話をしてきた。夢に出てきたその女は昔、自殺した友達らしい。夢に出てきたその女の話をする彼の姿を見て、わたしは「死ぬのってズルいな。」って思った。

 

彼と彼女がどれくらいの関係性だったかは分からない。「多分、俺のこと好きだったと思う。」「死ぬ前に色んな人にLINEを送ってたらしいんだけど、俺には来てなくて。その後、その子の母親からメッセージがきて。告白の一歩手前みたいなそんな感じで途切れたメッセージの履歴が送られてきたんだよな。」彼は横でそんなことを言っていた。そんな話聞きたくもないから返事もせず、わたしは黙っていた。

 

わたしは何度か自殺を試みたことがある。でも失敗して、いまこうしてここにいる。こういう話になると、「死んだって何も残らないよ。」とか「周りの人の気持ちも考えなよ。」とか言う人がいるけど、そんなの嘘だし、知らないし。

例えば、わたしの方がその女よりも彼のことを絶対好きだし、一緒にいる時間も長いし濃いと思う。でも、別れてしまったらそこで終わりで、わたしのこともいつか好きじゃなくなって、記憶からも少しずつ無くなってしまう。だけど、その自殺した友達のことは彼にとって一生忘れられないだろうし、年1で墓参りにも行く。それってさ、別れた彼女よりも死んだ友達の女のほうが、ずっと記憶に残って会えるってことじゃんね?歪んでると思うよ、でも、一生忘れられない女でいたいから、一生一緒に居られないなら、わたしは死にたい。そういう女だよ、わたしは。

それは彼だけじゃなく、友達もそう。どんなに大好きで大切な友達も、環境が変わって徐々に疎遠になって会えなくなる。そしてきっと、わたしのことも思い出さなくなる。そうなるくらいなら、“自殺した友達”として一生のトラウマを植え付けたい。

 

自殺したいと思ったきっかけなんてもうわからないよ、初めてリストカットをしたのは13歳、初めてODをしたのは15歳、初めて首吊りを試みたのは17歳。膨張し続ける希死念慮は、もう今さらどうすることもできなくて、でも今は誤魔化し誤魔化しでなんとかやってきてるんだよ。殴られて怒鳴られて、なんで生きてるのかもわからない。そんな10代を乗り越えて、いまがあるんだよ。

 

めちゃくちゃ愚問だと分かっていたけど、ひとつだけどうしても聞きたくて、彼に聞いた。「なんでその子は死んだの?」彼は「よくわかんないけど、まあ家庭環境も悪かったしね。」と答えた。

わたしは「なにそれ?」と思った。家庭環境がどうのこうのってさ、そんなのほとんどの人がそうだよって思った。わたしだって、親がバカで宗教にハマって金ドブにしたことも、親が不倫しまくってることも、親に数え切れないくらい殴られたことも、祖父に犯されたことも、全部笑ってネタにしてるし、黙って耐えてきたよ。そんな話つまらないし、誰も得しないってわかってるから話題にもしないけどさ。でも本当は、わたしだって「可哀想だね、大変だったね。」って言って欲しかったよ。死んで同情されるならそのほうがマシだと思った。

 

その女は死ぬ前に色んな人にLINEを送っていたらしいけど、普通そんなことする?って思った。そういうズルさが余計にあざとくて彼の話を聞いてイライラした。死ぬなら静かに死ねよ。誰にも何も言わずにひっそりと死ねよ。と、心の中でわたしは彼女の死体を蹴った。

 

死ぬのってズルいよね、わたしだって死にたいよ。でも死ねないじゃん。これは死ねた女に対するただの嫉妬です。醜いね、じゃあね