フィクションです

パリス

 

 

田舎にしかないコテージ式のラブホテル、そこで久しぶりに彼と待ち合わせをした。

 

「元気にしてた?」という彼の問いに、「はは、どうかな。」と苦笑いをして答えた。「お前も苦労してんだな。」と、何かを察して笑い返した彼は、学生時代に好きだった彼そのものだった。

 

彼と別れてから、友達伝いで何度か連絡がきたけど、わたしはそれをずっと無視していた。無視していたくせに、数年後、急に呼び出すなんて虫のいい話だ。「ごめんね、会いたいなんて言って。」と一言呟いて黙っていたら、「そんなの全然いいよ、気にしないで。」と言ってくれた。そう言いながらも、彼の慣れた手つきでタバコを吸う姿は、わたしたちの過ぎた年月を感じさせるには十分だった。

 

「そういえばさ、最近よく映画を見るんだ。お前も映画好きだったよな?一緒になんか観ようぜ。」と言って、リモコンで、テレビに映るメニュー画面を映画のページに変えた。吹き替えのB級ホラー映画を選択して「…う〜ん、やっぱ、洋画は字幕だよな。」と突然、映画通ぶる彼に、わたしは思わず笑ってしまって、「そうだね。」と答えた。そこからは、一緒にこういう映画観たよねって思い出話とか、周りの友達がどうしてるって世間話とかをしてた。わたしは、中学生の頃によく彼と深夜に待ち合わせをして、語り合ったことを思い出していた。映画のことなんてもう忘れていた。結局なんの映画を観てたんだっけ。でも、その時間は確かに、時が戻ったみたいで、楽しかったことを覚えている。

 

そして、1〜2時間語り合ったあと、唐突に彼は「俺、父親になるんだ。」と言った。わたしは一言「知ってるよ。」とだけ返して、数秒間の沈黙のあと、キスをした。

 

気づけば、お互い裸になっていた。彼の左胸には見慣れないタトゥーが入っていた。それがダサくて、少しだけ悲しくなった。彼に抱きしめられて、久しぶりの温もりに、わたしは思わず泣いてしまった。人前で泣くのはいつぶりだろう。彼のがっしりとした腕の中はちゃんと暖かかった。ひとしきり泣いたあと、彼が「シャワーを浴びておいで。」と言った。わたしは彼の言葉に従って、シャワーを浴びた。そして部屋に戻ると、彼の姿はなくなっていて、そのかわりに、テーブルの上に1万円札が置かれていた。

 

 

そのあと、どうやって帰路に着いたか覚えていない。気づけば、自室のベッドにいた。もしかしたら、その夜の出来事自体、わたしの夢だったのかもしれない。

ただたまに、こうやって寂しくて死にたくなる夜は、あのコテージ式のラブホテルを思い出してしまうんだ。