フィクションです

GOING STEADY

 

 

中学生の頃、わたしが憧れていたあの子は、明るくて、いつも笑顔で、気づけばその子の周りには人が集まっている、そんな子だった。

わたしは話す友達もいないから、教室の隅で音楽を聴きながら、やり過ごす毎日だった。

だから、そんなわたしにとって、彼女の姿はキラキラしていて見てて胸が苦しかったけど、それでも密かに彼女を目で追っている自分がいた。

 

 

6月の夕暮れ、近所のTSUTAYAでばったり彼女と会った。

彼女は、「あっ!やっほ〜!こんなところで会うなんてビックリ!」って、ほとんど話したこともないわたしに、笑顔で話しかけてくれた。

「何しにきたの?」って彼女の問いに、「CDの返却…」と答えた。自分でも情けない返事の仕方だなと思いながらも、突然会ってしまったことの動揺が抑えられず、ボソボソとしか答えることができなかった。

「そっか〜!そういえば、いつも音楽聴いてるもんね!何借りてたの?」彼女はわたしの動揺に全く気づいていないのか、変わらず笑顔で質問を投げかけてきた。「多分、知らないと思うけど、GOING STEADYってバンドのアルバム…」ドキドキする気持ちを抑えながら、わたしは質問に答えた。

すると、「えっ!?ゴイステ!?わたしも好きだよ!CD持ってるから、貸そうか?わたしならタダだよ!TSUTAYAで借りるよりもお得!なんちゃって!」と、彼女はジョーク混じりに言葉を返した。

わたしは、憧れの子がわたしと一緒の音楽を聴いてるなんて思ってもなかったから、ビックリして言葉を失ってしまった。

「あっ、もしかして借りなくてもへーき?」わたしは、彼女の二言目に、ハッとして、「ご、ごめん…!もし良かったら貸してほしい…。いいかな?」と言った。

彼女はニカッと笑って、「全然いーよ!じゃあ、明日学校でね!」と言ってくれた。

 

 

そして、彼女は本当にゴイステのCDを貸してくれた。他にも色んな話をするようになった。

彼女の話は、よく覚えていないけど、とても面白かったことは覚えてる。そして何よりも、わたしなんかとは全く接点が無いように思えた彼女が、同じものが好きで、同じ音楽を聴いてるということがすごく嬉しくて仕方なかった。

「いつか一緒にライブに行けたらいいね。」彼女との初めての約束はソレだった。わたしの青春だった。

 

 

7月3日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻ると、教室に彼女が1人ぽつんと座っていた。

彼女は泣いていた。

笑っていない彼女の姿を見るのは初めてだったから、わたしは教室に入るのを躊躇い、そのまま何も見なかったことにして帰宅した。

彼女はどうして泣いていたんだろうとか、泣いている彼女に声をかけるべきだったのかとか、色々考えたけど、わたしには何が正解だったのか分からなかった。

 

 

そして、その次の日から彼女は学校に来なくなった。

彼女が学校に来なくなった理由を、みんなが噂していた。「知らない男の子ども妊娠したらしいよ。」とか「お父さんのDVが酷くて、お母さんと一緒に逃げたらしいよ。」とか「病気になっちゃったらしいよ。」とか。わたしは彼女が学校に来なくなった理由なんて、どうでも良かった。

ただ、もう笑顔でキラキラした彼女には会えないのかもしれないと思うと、寂しかった。

 

 

結局、彼女はそれ以降一度も登校しなかった。夏休みに入る前に、彼女から借りていたゴイステの『BOYS&GIRLS』を彼女の引き出しの中に入れた。

夏休みが明けると、彼女の引き出しに入れた『BOYS&GIRLS』は、無くなっていた。彼女の話をする人もいなくなっていた。

 

 

 

 

あれから、6年が経った。

もしかしたら彼女に会えるかもしれないと、微かな期待を胸に同窓会に参加したが、案の定、彼女の姿は無かった。彼女の名前を出す同級生もいなかった。

「薄情な奴らだな。」と思って席を外したが、自分も彼女の呼び方を思い出せないでいた。

「わたしも結局、アイツらと同じじゃんか。」

泣いている彼女を見て見ぬフリをして、笑顔の彼女にまた会いたいなと思っていた14歳の頃の自分を思い出した。

ちゃんと手渡しで、『BOYS&GIRLS』を返すべきだったと、後悔した。今さら後悔したって、もう全部遅いのに。

 

結局わたしたちは他人で、寄り添うことなんてできない。無力なわたしには願うことしかできない。そういいながらも、「どこかで、今もゴイステを聴いてる彼女がいたらいいな。」なんて、また自分よがりなことを思っているわたしがいるんだ。どうか、お元気で。

 

 

 

 

パリス

 

 

田舎にしかないコテージ式のラブホテル、そこで久しぶりに彼と待ち合わせをした。

 

「元気にしてた?」という彼の問いに、「はは、どうかな。」と苦笑いをして答えた。「お前も苦労してんだな。」と、何かを察して笑い返した彼は、学生時代に好きだった彼そのものだった。

 

彼と別れてから、友達伝いで何度か連絡がきたけど、わたしはそれをずっと無視していた。無視していたくせに、数年後、急に呼び出すなんて虫のいい話だ。「ごめんね、会いたいなんて言って。」と一言呟いて黙っていたら、「そんなの全然いいよ、気にしないで。」と言ってくれた。そう言いながらも、彼の慣れた手つきでタバコを吸う姿は、わたしたちの過ぎた年月を感じさせるには十分だった。

 

「そういえばさ、最近よく映画を見るんだ。お前も映画好きだったよな?一緒になんか観ようぜ。」と言って、リモコンで、テレビに映るメニュー画面を映画のページに変えた。吹き替えのB級ホラー映画を選択して「…う〜ん、やっぱ、洋画は字幕だよな。」と突然、映画通ぶる彼に、わたしは思わず笑ってしまって、「そうだね。」と答えた。そこからは、一緒にこういう映画観たよねって思い出話とか、周りの友達がどうしてるって世間話とかをしてた。わたしは、中学生の頃によく彼と深夜に待ち合わせをして、語り合ったことを思い出していた。映画のことなんてもう忘れていた。結局なんの映画を観てたんだっけ。でも、その時間は確かに、時が戻ったみたいで、楽しかったことを覚えている。

 

そして、1〜2時間語り合ったあと、唐突に彼は「俺、父親になるんだ。」と言った。わたしは一言「知ってるよ。」とだけ返して、数秒間の沈黙のあと、キスをした。

 

気づけば、お互い裸になっていた。彼の左胸には見慣れないタトゥーが入っていた。それがダサくて、少しだけ悲しくなった。彼に抱きしめられて、久しぶりの温もりに、わたしは思わず泣いてしまった。人前で泣くのはいつぶりだろう。彼のがっしりとした腕の中はちゃんと暖かかった。ひとしきり泣いたあと、彼が「シャワーを浴びておいで。」と言った。わたしは彼の言葉に従って、シャワーを浴びた。そして部屋に戻ると、彼の姿はなくなっていて、そのかわりに、テーブルの上に1万円札が置かれていた。

 

 

そのあと、どうやって帰路に着いたか覚えていない。気づけば、自室のベッドにいた。もしかしたら、その夜の出来事自体、わたしの夢だったのかもしれない。

ただたまに、こうやって寂しくて死にたくなる夜は、あのコテージ式のラブホテルを思い出してしまうんだ。