フィクションです

8月26日

 

22歳の夏休み。

地元に帰省したタイミングでコロナウイルスに罹ってしまって10日間実家で隔離生活だった。

家族以外の誰とも会わず、緑に囲まれた実家で10日間もだらだらと過ごす。あまりにも流れる時間がゆっくりだから、わたしの呼吸も自然と深いものになっていった。

 

隔離期間の後半は体力も回復して暇だったので、カメラを持って音楽を聴きながら近所を散歩した。高校生になった頃くらいから、だらだら歩くなんてことしなくなった(自転車や車で移動することがほとんど)から、色んな発見があって新鮮だった。

「ここにこんな家できたんだ。」とか「このアパートってこんなにボロかったっけ?」とか、「カエルめちゃくちゃいるなぁ、気持ち悪いなぁ。」とか。10年で町も自分もなにもかもだいぶ変わっちゃったなあって寂しくなった。

 

なんとなく小学校への通学路を歩いてみたくなって、小さな小さな橋を渡った。そしたら、週5で幼なじみと歩いていた道、あのときのまま変わらない景色がそこにあった。

全部変わってしまったと思っていたのに、そこにまだわたしの知ってる景色が残っていたこと。それがこんなに胸いっぱいになるなんて思ってもいなかった。

川沿いに目を向けるとたくさんのトンボが飛んでいた。そのトンボの羽根に西陽が反射してキラキラ光っていた。まるで妖精みたいだった。

ふいにノスタルジーに殴られたわたしはもうダメだった。涙が溢れてしまった。イヤフォンからはYEN TOWN BANDの曲が流れていた。

 

安堵した。未だになにが幸せかはわからない、というより幸せが少しずつ遠くなっていくようなそんな毎日だけど、忘れたくない景色がわたしにもあること。それに気づけたこと。過去を振り返ってばかりのわたしだけど、それでよかったと今は思える。

 

そんな気持ちを抱いて大人しく帰路につくと飼い犬が尻尾を振って出迎えてくれた。